第5回 キャリア・ダイナミクス学びの場 浅野博美先生レポート
第5回キャリア・ダイナミクス学びの場 浅野浩美先生レポート
2021年11月2日(火)に開催された第5回キャリア・ダイナミクス学びの場「リカレント教育(学び直し)は日本に根付くのか?」というテーマでご講演頂きました浅野浩美先生から開催レポートをご寄稿頂きました。
◆「学び直し(リカレント教育)は日本に根付くのか? ~社会人大学院教員が語る、オトナの学びとキャリア~」
事業創造大学院大学 教授 浅野浩美
昨年11月2日に、本ネットワークの「キャリアダイナミクス学びの場」において、「学び直し(リカレント教育)は日本に根付くのか? ~社会人大学院教員が語る、オトナの学びとキャリア~」というテーマで話をさせていただいた。
その時に話をしたことや、ご参加いただいた方の議論の様子、さらに、その後の政府の動きなどから感じたことを少し書かせていただきたい。
社会に出てからも学ぶことが大事だ、と言われるようになってから、かなりの時間が経つ。前職である厚生労働省時代、私自身もそうした施策の一端を担った。実施にあたっては、工夫もしたつもりである。しかし、期待したほどは、学びは進まなかったように思う。
その一方で、自分が社会人大学院生として通った大学院でも、また、縁あって教えることとなった別の2つの大学院でも、社会人大学院生たちは、仕事もあるのに、学ぶことに驚くほど熱心だった。
この違いは何だろう、と思ううちに、中央省庁でしくみをつくったり、旗を振ったりするのも大事だが、それだけでなく、学びの現場に行って、学びを支援したいと思うようになった。思いがけず、その思いがかない、昨年4月から、社会人大学院生などが通う大学院の教員をしている。
今、政府は、リカレント教育を推進している。リカレント教育というのは、OECDが1970 年代に提唱した生涯教育の一種で、社会に出てから、個人の必要に応じて教育機関に戻り、再び教育を受ける、循環・反復型の教育システムのことである。
日本では、2018年に、人生100年時代構想会議において「人づくり革命基本構想」が取りまとめられ、リカレント教育を抜本的に拡充する方針が示された。
これを受けて、関係省庁は、リカレント教育の推進に取り組んでいる。厚生労働省は、キャリアコンサルティングの推進や、教育訓練給付制度の実施、学び直しのための環境の整備や、転職が不利にならない労働市場や企業慣行の確立などを進めている。文部科学省は、大学などのリカレントプログラム拡充に向けた支援やリカレント教育推進のための人材育成・基盤整備などを進めている。経済産業省も、「人生100 年時代の社会人基礎力」を策定するとともに、IT人材育成のために「Reスキル講座」の認定などを行っている。
その一方で、2019年にパーソル総合研究所が行った「APAC就業実態調査」において、社外での学習や自己啓発に取り組む者の割合をみると、日本は、アジア太平洋14か国の中で最も低い。現在、勤務している大学院で学ぶ外国人留学生に見せたところ、その低さに驚かれ、心配された。また、文部科学省が2019年に行った委託調査によると、何らかの学び直しをした者は労働者の約3分の1であり、大学・大学院・専門学校などに通った者に限れば6%足らずである。しかし、通って学んだ者の満足度は、「とても良い」が60.9%、「まあまあ良い」が33.3%と非常に高い。その一方で、文部科学省が2016年に行った委託調査によると、大学等での学び直しは処遇にあまり反映されていない。「あまり反映されない」が24.9%、「ほとんど反映されない」が16.8%を占める。同じ調査で、学び直しをしなかった者は、その理由として費用、時間の問題などをあげている。このほか、リカレント教育をめぐっては、大学等、企業、社会人で、それぞれ重視したり期待したりすることには違いがみられるという調査もある。
こうした中、コロナ禍が起こった。新型コロナウイルスの感染拡大の影響で、テレワークなど新たな働き方が普及し、社会全体のデジタルトランスフォーメーション(DX)も加速しつつある。経済・社会環境の変化は一気に加速した。この変化に対応していくためには、現在担当している仕事に必要な知識・スキルに加えて、新しいことを学ぶ力が必要である。
学びというと、義務教育段階の学びや受験勉強を思い出す向きも多いと思うが、大人の学びは、自らの関心・ニーズがスタートである。自ら学び、探究するアンドラゴジーであり、これまでの知識・スキルを捨てて、新しく学び直すアンラーニングである。時には、既存の枠組みを超えた問い直しも求められる。社会人には、職場という現場を持っている強みがあるので、課題を見出す力は十分あるだろうが、いずれにしても、仕事をしつつ、学びを進め、変化に対応していくことが求められるようになった。何から学ぶのか、など悩む人もいるかもしれないが、考え過ぎることはない。学び始めてわかることもあるし、学ばなければいけない環境や学ぶ仲間なども大事だ。まずは始めてみることが大事ではないか、などといった話をさせていただいた。
こうした私の話に対する諏訪先生からの問題提起は、「なんで学び直さないの?」であった。
参加者は、人一倍学んでいるひとたちばかりなのだが、何を学べばよいかわかりにくいからではないか、学んでも評価されないし、学んでもそれを使う機会がないからではないか、いや、学ばないことに理由なんかないというリクルートワークスの調査もある、など、さまざまな意見が出された。また、学んだことによって何が見えるようになったか、どのようなことがあったか、などといったことも聞かせていただいた。
この話をした11月2日の後、リカレント教育に関する動きがいくつかあった。
まず、「緊急提言~未来を切り拓く「新しい資本主義」とその起動に向けて~」(令和3年 11 月8日新しい資本主義実現会議決定)、「コロナ克服・新時代開拓のための経済対策」(令和3年 11 月 19 日閣議決定)が出され、「人」への投資を強化することとされた。昨年6月に閣議決定された「経済財政運営と改革の基本方針 2021」でも、働きながら学べる環境の整備、リカレント教育等の人的投資支援の強力な推進などに言及しているが、さらに、ダメ押しをしたイメージだ。
また、年末には、労働政策審議会会長から、厚生労働大臣に対し、関係省庁、教育機関、企業など関係者の協働がより高いレベルの学びを呼び込み、労働者のスキル・キャリアの向上を促していくという「学びの好循環」の実現に向け、広く継続的な支援をしていくべきといった建議もなされた。
さらに、人的資本への投資を抜本的に強化するために3年間で4,000億円規模の施策パッケージを実現すべく、今まさに、民間の知恵を集める取り組みも行われているところである。
当日の議論、その後の政府の動きなどを併せて考え、リカレント教育は、企業にとっても、労働者にとっても、一部の人たちだけが行う特別なことでなく、すべての者が関係することであり、本ネットワークの根幹となる考え方に極めて近いものだと改めて感じた次第である。