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《トップインタビューシリーズ 4》

真のリーダーは、才徳兼備でなければならないのです。

公益財団法人産業雇用安定センター会長
NPO法人キャリア権推進ネットワーク理事
矢野 弘典 様



―今後10年間で消える可能性が高い職業を予測した英オックスフォード大学マイケル・A・オズボーン准教授の論文『雇用の未来』が、いま世界中で話題になっています。同論文では、これからの10年間で雇用のあり方が大きく変化することが示唆されています。こうした雇用環境の変化を前に、私たちはキャリアをどう考えていけばよいのでしょうか。


 一言でいえば、「学び続ける」ことだと思います。企業が定年までの雇用を保障する時代は終わりました。常に変化を続ける環境の中で、自分らしいキャリアを歩むためには、自ら主体的に学び、成長することが必要不可欠となります。
 私は、これからの時代、働くことと学ぶことを同義として捉えた方が良いのではないかと思っています。働くということは社会に対するチャレンジ。一方、学ぶということは自分自身に対するチャレンジと言えます。働くことと学ぶことが両輪となって駆動しているキャリアの中にこそ、人間が形成されていく過程があります。「生涯現役社会」ならぬ「生涯学習社会」こそ、これからの日本社会が目指すあり方ではないでしょうか。

―なるほど。今回のテーマである「キャリア権」とは、まさに「生涯学習社会」を生きる私たちにとっての基本的権利と捉えてよいのでしょうか。

 まさにその通りです。キャリア権の考え方のベースには、「機会の提供」と「選択の自由」が保障された自由社会があると考えています。つまり、社会は個人に対して職業選択や職業能力開発の機会を提供し、個人は自らの意思で機会を選択することができる社会ということです。
 例えば、社会人大学院のように、社会人になって学ぶ楽しさを知った時、その学びを深めるための学習機会が保障されていることは非常に重要なことです。様々な学習機会を活かして、自分らしいキャリアを築くことは、キャリア権の目指す一つの姿ではないでしょうか。私自身も社会人になった後に大学院へ進学した経験がありますが、そこでの学びは後の社会人生活にも大いに活きています。

―成長というキーワードが出てきました。矢野様は、職業人としての成長をどのようにお考えでいらっしゃいますでしょうか。

 人の成長には、二つの側面があります。それは「専門性(才)」と「人間性(徳)」です。どちらか一方が欠けていては真の成長とは言えません。「才徳兼備」という言葉ありますが、専門性と人間性の両方を高めることで、はじめて「職業人としての成長」と言えるのではないでしょうか。

―かつて日本企業の職場には、世界中から注目されたOJTの仕組み、つまり「専門性」と「人間性」を同時に高める仕組みが埋め込まれていましたよね。しかし、バブル崩壊以降、OJTは機能不全に陥ったまま、元の姿を取り戻せないまま現在に至るという状況が続いています。そこで、まず「専門性」を高めるという点からお聞きしたいと思います。

 専門性を高める上で重要なキーワードが二つあります。それは、「謙虚さ」と「問題意識」です。 まず、重要なことは「自分の能力を過信せず、常に謙虚である」ということです。いかに、ある分野に長けたプロフェッショナルになっても、高度化・複雑化する社会課題を前に、一人で成し遂げられることには限界があります。重要なことは、自分の能力を客観的に認識することです。
 私たちは、時として人知の及ばざる世界に遭遇することがあります。未曾有の大災害をもたらした東日本大震災はその典型です。一部の評論家が、想定外をゼロにする努力が足りなかったという指摘をしていましたが、私はそうは思いません。むしろ、常に想定外が起こりうるという意識を持って、日々研鑽することの方が重要だと思います。人知の及ばざる世界があることを認識し、自分の能力を常に謙虚な目で省みることが、専門性を磨く上で最も重要なことではないでしょうか。
 次に、「現場に立って問題意識を持つ」ということです。人はキャリアの見通しが立たないとき、つい現実から目を背けてしまいがちです。しかし、実は日々の仕事の中にこそ、自分自身のキャリアを見出すヒントが隠されています。一見つまらない仕事のように思えても、逃げずに一生懸命その仕事と向き合っていると、次第に目標が生まれるようになります。目標が見えてくると、仕事や自分自身に対する問題意識が芽生え、自らを変えようとする意欲が湧いてきます。新しい地平線は、そこから拓けていくのです。

―仕事への向き合い方も重要ですよね。ただ、漫然と仕事をしていても、問題意識は芽生えないように思います。「問題意識を持つ」という点についてもう少し詳しく教えて頂けますでしょうか。

 はい、重要なことは「当事者意識」を持つことです。
 やや話が脱線しますが、本物のリーダーかどうかを見極める重要なポイントとして、「兆しを見逃さない」ということが挙げられます。どんな出来事にも必ず前兆というものがあります。「成功体験が会社をダメにする」と言われるように、反省を忘れ、業績絶頂の時に現れるメッセージを見過ごして転落する会社がある。また、良い兆しについても「先例がない」という理由で斥け、機会を失う。ほんのかすかな予兆を「メッセージ」として受け取ることができるのかがリーダーには必要です。リーダーの真の力量が表われると言っても過言ではありません。
 では、兆しを見逃さないために何をすればよいのか。私は、「現場でものを考えること」しかないと思っています。「ものを考える」ということを補足すると、目的を堅持し、広く深く考え続けることです。そうして経験に裏打ちされた現場の勘こそが、いざという時に「兆し」を察知してくれます。兆しに気づくのは、理屈ではありません。
 話を戻すと、当事者意識とは、目的を持って現場に立ち、広く深く考え続ける中で芽生えるものではないかと思います。

―目的を堅持しながら、現場で広く・深くものを考え続ける中で、当事者意識が醸成されていくというお話ですね。それは経営者になっても忘れてはいけないことですよね。

 企業のトップこそ現場に足を運ぶべきです。社長自ら現場に赴き、謙虚な姿勢で「何を解決しようとしているのか(WHAT)」「どのような方法で解決しているのか(HOW)」「なぜ今解決すべき課題なのか(WHY)」といったことを率直に現場に聞いてみればよいのです。
 社長が現場に立ち、社員と同じ目線でものを考えようとする姿勢は、熱意となって現場の社員に伝わります。そうすると、社員が内向きに仕事をすることがなくなり、全員が顧客を見て仕事をするようになります。つまり、社員のモラルアップ・意識向上に繋がるというわけですね。

―なるほど。それでは、もう一つの重要な要素である「人間性」についてお聞かせください。

 ここ最近、企業が「人間性」を軽視しがちではないかという危機感を持っています。というのも、「リーダーに求める要件は何ですか?」と聞くと、真っ先に「成果を出すこと」と答える会社が非常に多いのです。かく言う私も若かりし頃は、成果を出すリーダーこそ真のリーダーだと信じて疑いませんでした。
 しかし、「論語」の中で孔子は、リーダーの資質を3等級に分けて語っています。第1級の人物は、「己を行って恥ある」人です。ここで恥とは自分の良心に照らして恥じないということであり、世間体を恥じるという意味ではないと私は解釈しています。続いて第2級には、「孝弟」を挙げています。家では親孝行で、外では目上の人を大切にする人物です。そしてやっと第3級のリーダーとして登場するのが、「言必信、行必果」の人、すなわち言葉には必ず信義があり、行動は必ず成果を産む人物です。孔子は、徳ある人を第1、第2級とし、才知ある人を第3級に評価したのです。
 なぜ孔子は才知の人をリーダーではあっても第3級の小人と呼んだのか、実は私の長い間の疑問でした。ようやくその理由が分かったのはある会社のトップになった時で、才知はリーダーにとっては不可欠ですが、最低条件にすぎないことに気づきました。真のリーダーは、才徳兼備でなければならないのです。

―なるほど。実際に、成果や業績を指標に経営者や管理職を登用する企業が多いですが、成果は過去の実績であり、必ずしも将来の成果や成長を約束するものではありません。大切なのは、アウトカムとしての成果ではなく、プロセスとしての人間的な成長だというご指摘ですね。それでは、人間性を磨くために、常日頃から習慣として意識しておくべきことはありますか。

 私は、「すべての人から学ぶ」ということを実践してきました。「論語」に「三人行けば必ず我が師あり」という一節があります。これは、心から尊敬するロールモデルからも、この人のようにはなりたくないという反面教師からも、人は学ぶことがあるという意味です。もちろん、リーダーになってからも、人間性を磨くために人から学ぶことをやめてはいけません。

 リーダーの育成で忘れてはならないことは、「大型人材は大型人材の下でなければ育たない」と喝破された土光敏夫さんの言葉です。現リーダー(経営者・管理者)が次のリーダーを育てるには、よほどの覚悟が必要です。しかし、たとえ小粒なリーダーであっても諦めることはありません。私もその一人ですが、例えば土光さんのような人物を目標に、部下と一緒に成長するという姿勢を持てばよいのです。また、身近に仰ぎ見る人がいない場合にも悲観する必要はありません。歴史や古典の中にきっと素晴らしいロールモデルと出会うことができるでしょう。先ほどから何度かご紹介していますが、私は「論語」を愛読書にしています。大事なことは、人はいくつになっても、どんな役割を担っても、学び、成長することができるということではないでしょうか。

―「人はいくつになっても学び、成長し続けることができる」という矢野様のメッセージに、私自身とても勇気づけられました。キャリア権の根底にある大切な人間観ですね。本日は貴重なお話をいただき、どうもありがとうございました。


【矢野弘典様 略歴】
1941年生まれ。1963年東京大学法学部卒業。同年(株)東芝入社。
1997年東芝欧州総代表兼(株)東芝ヨーロッパ社社長。
退社後、2002年日本経団連専務理事。2006年中日本高速道路(株)会長CEO。
この間、明治学院大学客員教授、社会保障審議会委員、労働政策審議会委員、
アジア太平洋経営者団体連盟事務局長等を歴任。
現職は、公益財団法人産業雇用安定センター会長、(株)ADES経営研究所社長CEO、
中日本高速道路(株)顧問、横綱審議委員等。
ボランティア活動として、公益社団法人国際IC(前MRA)日本協会会長、
特定非営利法人経済人コー円卓会議(CRT)日本委員会会長、
NPO法人キャリア権推進ネットワーク理事等を務め、「お爺ちゃんの論語塾」を主宰。

※インタビュアー:須東 朋広(当NPO会員)


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