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《トップインタビューシリーズ1》

「個人のキャリアを保障・認定する第三者が必要です」

キヤノン電子株式会社 代表取締役社長 酒巻 久 様



−酒巻様はこれまで多数のご著書を通じて、キャリアについて持論を展開されており、多くの読者から支持を集めていらっしゃいます。より良いキャリアを歩むために、必要だとお考えになる点からお聞かせください。


 これからの時代はある一つの会社で職業人生を全うする時代ではありません。ある程度環境の変化に対して汎用性のあるスキル(ポータブルスキル)と自分のキャリアを自分で守り、常に磨き続けるというキャリア意識が重要だと考えます。

−まず、ポータブルスキルという点についてお伺いします。酒巻様は部下に対してポータブルスキルを習得させる上である流儀をお持ちだとか。

 はい。私が受け持った部下に対しては、担当して最初の3年間に徹底的にポータブルスキルを習得するトレーニングを施します。まず最初に、部下には「3年間は神のお告げだと思って、自分の言うことを聞いてほしい。その代わり、分からなければ、夜中でも付き合って教えるから」と伝えます。3年の間には、一般的な数学や実験の仕方など業務に関連する知識から一人の人間としての心構えに至るまで、自分の知りうる限りを徹底的に教え込みます。特に新入社員の場合、これまでの学生時代で長い間、座学中心の教育を受けているため、学ぶことに対して受動的なスタンスが身についてしまっています。しかし、実務上では問題を解決する能力以上に問題そのものを発見する能力が求められます。そのため、座学以上に実学を重視して、能動的なスタンスを身に付けることを意識しています。  実学において特に重要視することは、「あらゆることを自分でやる習慣」を身につけさせることです。自らの手を汚して実際にやった経験が理解を深める上で最も有効です。将来、人を教える立場になった時、教える側が70〜80%程度の理解では教育できません。常に100%の理解が求められるのです。また、自分でやるという経験はその後の自分を支えるアイデンティティや考え方を養う上でも大変効果的です。自分に軸がなく、部下の言いなり、上司の言いなりに言動する管理職は組織をつぶしてしまいます。

−なるほど。日本企業の場合、ポータブルスキルを身に付けるとせっかく教育投資をした優秀な人材を流出してしまうのではという声が上がってきそうですが。

 そうですね。実際に優秀な若手社員が辞めてしまうことを歓迎しているのかと叱責を受けてしまうこともありますが、社外で通用するレベルの人材を育成したことは会社にとっても誇りだと私は思います。また、そうすることでさらに良い人材を採用することにも繋がります。部下には「(3年間の担当期間を終えた)4年目以降も今の会社に居続けようとは思わないで、転職することを前提に3年間を過ごしてほしい」と言い続けてきました。冗談ではありません。実際に辞めた者については私が転職支援を行った者も沢山います。 私が最も危惧するのは、社内でのみ通用する能力を持っていることに安住してしまうことです。もはや、一つの会社が自らの雇用を生涯保障してくれる時代は終わりました。それは、経営者においても例外なく言えることです。ある会社で名を残した著名な経営者と言えども、新しい会社で同様の成果を発揮する保証は全くありません。自らの権威を社員に証明するのには時間と周囲の理解が不可欠です。トップであれば最低でも2年間の猶予期間が必要ではないでしょうか。また、経営者を志す人には、いつも二つのことを心がけるようにと助言しています。一つは自分のいる業界に精通し、第一人者になること。もう一つは少し離れた業界の人脈を持つということ。一つ目には多くの人が意識しますが、少し離れた業界との人脈を持つという点は疎かにしがちです。業界の枠組みやプロジェクトの在り様は常に今の形のままであり続けるわけではありません。隣接する業界と人脈を作っておくことが将来の助けになることもよくあります。自分の持っているスキルが社外に出ても通用するものかどうかを冷静に問うという意味でも、社外の人脈と触れながら自身のキャリアを棚卸ししてみることをお勧めします。

−日本人はキャリア意識が低いと言われますが、その要因としてどのようなことが考えられるでしょうか。

 日本人のキャリア意識を阻害している要因の一つに、年功賃金制が挙げられます。それは職務に費やした時間量(年齢)に比例して職務能力が上がることを前提とした報酬制度ですが 、私はこの考え方が日本人のキャリア意識を低下させてきたのではないかと考えています。つまり、年功賃金制によって「キャリア=時間」のような間違った解釈がされている気がします。しかし、キャリアは時間の長さによって決まるものではありません。むしろ、時代の変化に応じて常に変えられるように研鑽しておくことが必要です。 いまの話に関連して、「ベテランと職人の違い」という話があります。一見、同じような意味として捉えられがちですが、私はその意味を明確に分けて使います。ベテランとは、自分が長年鍛え、磨き上げてきたものだけを信じて、他の一切を否定する人を指します。一方、職人とは、極限まで物事の本質を突き詰めていく人を指します。言葉の響きに惑わされず、我々が目指すのは職人であると正々堂々と言うべきです。しかし残念ながら、どこの世界にも“自称ベテラン”がいます。彼らが主張するのは「職業人生の長さ」です。しかし、「その間に生産性を何倍に伸ばしたのか」「どんな新しいものを開発したのか」と問うてみると答えに窮するということはよくあります。

−先ほど、「転職することを前提に仕事をしてほしい」というお話がありましたが、日本の労働市場も転職が一般化する動きが見られています。しかし、依然として終身雇用を求める個人の声が多数を占めているのが実情です。酒巻様が生活経験をお持ちのアメリカと比較していかがでしょうか。

 アメリカではキャリアを応用しながらスキルアップしていく人が多いと言われています。それを可能にする背景には、業界や企業の枠を超えてシステムの標準化や言語の共通化などの要素が挙げられます。アメリカには「一人の良いアイデアをみんなで育てよう」というオープンな文化が根底にあります。一方、日本の場合、会社ごとに基幹システムが違うことは勿論、業界用語や自社用語と言われるような外部の人からは理解不能な言葉がごく自然と使われています。意図的に境界を作ろうとする閉鎖的な文化が邪魔をして、転職することに及び腰になる人が多いのではないでしょうか。近年、日本でも経理財務の世界ではJ-SOXなど法律の要請もあり、徐々に職務の標準化に向けた動きが進んできています。今後、他の業界・職種でもオープン化の動きが加速されることを望んでいます。

−知識社会が到来する中、企業が人材マネジメントする上でも一人ひとりのキャリアに目を向けた施策が今後より一層求められてくると思います。日本企業全体の課題や今後の在り方についてお考えがあればぜひお聞かせください。

 会社内で一人ひとりのキャリアが埋もれてしまっているケースはよくあります。我々のような業種は新たなプロジェクトを発足する際に、様々な部署を横断してタスクフォースを組成する必要があります。しかし、一体組織のどこにどういう経験を持った人がいるのかがよく分からないということに何度も頭を悩まされました。そこで、考案したのが社内キャリアマップです。それは社員一人ひとりがこれまで何をやってきた人で、どういう能力やスキルを持っているのかが一目で分かるものです。家族構成や講習参加履歴などの人事データではなく、一人ひとりのキャリアデータがストックされたマップです。経営の立場から人事に求めたいのは、何か新しいビジネスの構想を考えた際に、どこにどういう人がいて、どういうタスクフォースを組めば良いかを瞬時に応えてくれることです。
 事業戦略上、「創造」と「維持」というフェーズがありますが、それぞれに価値を発揮する人材は異なります。しかし、それら「創造型人材」と「維持型人材」とを混在してマネジメントしてしまうケースが目立ちます。また、よく同一人物に両方を求めようとしがちですが、私の経験から言ってもそれは無理があります。私は3年間の新人教育で、創造型か維持型かを見極めて、創造型人材には新規事業への登用を積極的に行ってきました。その見極め方は同じ業務を与えているとよく分かります。創造型人材の特徴は、ある時から上司から与えられた仕事を巻き取って自分でやろうとします。しかし、創造型人材は、技術や事業に先見性があるが故に、将来に繋がらないような日常業務を疎かにしたり、維持型上司の言うことを素直に聞こうとしない行動特性があり、組織の中では敬遠されがちです。ただ、特にビジネスの初期段階では創造型人材の能力が必要不可欠です。日本企業の場合、上司がマネジメントしやすいという理由で維持型人材が重宝され、組織で昇進することが多く、結果として維持型人材が経営のトップに就任することも少なくありません。しかし、維持型トップに創造型人材を評価する目を持たなければ、今後新規事業を生み出していくことは極めて難しいと言えます。

−最後に、我々の提唱している「キャリア権」が今後日本で普及する上で、ぜひアドバイスを宜しくお願い致します。

 近年、日本でも「キャリア」という言葉が一般に広く認知されるようになりました。「雇用を財産とする時代」から「キャリアを財産とする時代」へと大きく変わりゆくこのタイミングに、「キャリア権」を普及・浸透させることには大変意義を感じています。
 私はこれまで主にアメリカと日本で職業生活を送ってきました。両国を比較すると、日本におけるキャリア権の推進を考える上でのヒントを見出すことが出来ます。本来、キャリアの主体が個人であることは言うまでもないことですが、キャリア「権」と言えば、個人のキャリアを保障・認定する第三者の存在が必要だと考えられます。いくら声高に自分のキャリアを主張したところで、誰かの証明が伴わなければ、その主張が認められることは難しいでしょう。よくアメリカは個人主義国家だと言われますが、そこにはハーバード大やスタンフォード大など大学というコミュニティが個人のキャリアを権威づけする機能を果たしています。また、大学院進学や転職などにおいて推薦状の持つ影響力が大きいことも特徴的です。一方、日本においても赤門会や三田会など大学OB・OGで組成されたコミュニティはありますが、いわば同窓会のようなもので個人のキャリアを保証する機能を果たしているとは言えません。私は日本でキャリア権が普及するためには、そのインフラとして「誰かが誰かのキャリアを認めてあげる風土」が必要だと考えます。また、重要な役割を担うのがとりわけ社外人脈です。雇用が財産と言われたこれまでの時代、社内人脈は出世競争に競り勝つ上で重要な要素でした。しかし、キャリアが財産と言われるこれからの時代、いかに社外と人脈を持てるかが大きな差別化要因となります。
−なるほど。貴重なご意見をどうもありがとうございました。

※インタビュアー:須東朋広
※インタビュー日:2013年10月

【略 歴】
キヤノン電子株式会社 代表取締役社長 酒巻 久氏

昭和42年(1967)1月 キヤノン株式会社入社

昭和62年(1987)1月 同社システム事業部長

平成元年 (1989)3月 同社取締役システム事業本部長
兼ソフトウエア事業推進本部長

平成3年 (1991)2月 同社取締役総合企画担当
兼ソフト事業推進本部長

平成4年 (1992)5月 同社取締役生産担当
兼環境保証担当
兼生産本部長

平成8年 (1996)3月 同社常務取締役生産本部長、
兼キヤノン電子株式会社監査役

平成11年(1999)3月 キヤノン電子株式会社代表取締役社長(現在)



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