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《諏訪康雄先生((法政大学名誉教授)のシリーズエッセイ5》

「共同体と成長」
 諏訪康雄 (法政大学名誉教授当NPO理事)

「居心地のいいことと成長は共存しない」。バージニア・ロメッティ氏(米IBM会長・社長兼CEO、同社初の女性CEO)は、こう語ったという。

 日本の正社員雇用は、組織のメンバーシップ型だと指摘される(濱口桂一郎氏)。実に言いえて妙である。
一種の「共同体」的な意識が存在することは、多少なりとも長く一定の組織に身をおいた人には、覚えがあるところだろう。
人びとが雇用される際には、新卒採用であれ、途中入社であれ、職場の人間関係や雰囲気を相当に重視するのも、このせいなのであろう。
国際比較では、もっと金銭的報酬を重視したり(主として新興国)、もっと自分の専門性や技能などにこだわったり(北欧などの国)することが多いのと、違ったところがある。

 たしかに、各種の意識調査では、働く人の多くが、「居心地」の良さを求め、上司はそれほど優秀でなくとも人柄のいい方がその逆より良いと思い、まずは平穏無事な安定性を優先するなどの傾向を示す。それだけに、もしロメッティ氏の言が当たっているとしたならば、日本人のメンタリティーが「成長」と共存しないことにつながりそうだ。

 とはいえ、高度経済成長期の日本においては、会社共同体意識が現在よりもずっと高かったと思われる。
たとえば、NHK放送文化研究所「日本人の意識」調査1973年では、職場の人間関係に「なにかにつけ相談したり、たすけ合えるようなつきあい」を望んでいた人がほぼ6割(59%)にも上っていた(直近の2013年調査でも、下がったとはいえ36%、3人に1人以上がこう考えている)。

 そうすると、少なくとも高度成長期の日本では、世界的な成長の波動(日本だけでなく、欧米各国も高度成長していた)、先進国からの技術革新の導入の容易さ(後発効果)、人口ボーナス(生産人口の比率が経済発展に有利な状態)など、例外的といっていい成長に有利な条件が備わっていたので、「居心地のいいことと成長が共存する」幸せな時代が続いたということになるのだろうか。

 先進国の世界的な成長鈍化、他国の技術革新に依存することの困難さ(自らの先進国化)、急激な少子高齢化、人口オーナス(生産人口の比率が経済発展に不利な状態)などをみるにつけ、日本が「失われた20年」に苦しんできたのは、ロメッティ氏の指摘どおりだ、となるのかもしれない。

 だが、逆に「居心地」を悪くしたところで、「成長」が戻ってくるわけではない。
失われた20年の間に、雇用における「居心地」の悪い事態が多々生まれたが、それでもさしたる「成長」にはつながらなかった。
米IBMも、以前の居心地の良さが失われたうえに、厳しいマイナス成長が続いてきたようだ。
22四半期も連続的に減収が続いたはてに、ようやく昨2017年10〜12月期に23四半期ぶりの増収となったが、なお全体の利益は減少したと伝えられている。

 個々人のキャリアも組織のなかで働くことにより成長するとなると、ロメッティ氏の発言をどうとらえるべきなのだろうか。
感覚論ではなく、実証的な検討が必要な課題のひとつである。



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