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《諏訪康雄先生((法政大学名誉教授)のシリーズエッセイ4》

 学校時代の「掃除当番」と地域住民の「ゴミ当番」
 諏訪康雄 (法政大学名誉教授当NPO理事)

私たちの身の回りを見渡すと、人びとの習慣は、想像以上に社会環境や慣習に大きな影響を受けています。そうしたものの起源は、しばしば子ども時代に端を発しています。 たとえば、学校時代の掃除当番を例に挙げて、考えてみましょう。

日本の学校教育の特徴の一つが、小学校から高等学校までの間、ほとんどの学校に「掃除当番」制度があることだとは、教育学の分野ではよく話題にされます。

知育、体育、徳育の三育を基本とする学校教育において、掃除当番は、徳育にかかわる重要な課外教育(教科外教育)です。

@ 掃除をすることで自分たちの教室や廊下の汚れ具合が実感でき、美化意識が高まります。
A 掃除当番の分担を経験することで、分業と協業の実践教育となり、その体験を通して、仲間と協力することの意義が理解され、協調意識も高まります。
B 掃除当番を的確かつ要領よく処理しようと仲間で工夫するとき、そこにシステム改善すなわち改革意識の萌芽が生まれます。

ところで、日本の一戸建て住宅地域では、自主的に生まれた「ゴミ当番」制度があることが多いです。
各戸ごとにゴミを出すのではなく、一定住居数ごとにまとめて一箇所にゴミを出す制度であり、決められたゴミ出しの曜日ごとに、カラス除けのネットを張ったり、空き缶・空き瓶のパレットを用意したり、ゴミ収集後の後片づけや掃除をし、曜日を間違えて出したため収集されずに残されたゴミを保管し、適切な日に出しなおしたりすることを、輪番制で自主的に行っています。

この制度が自然派生的に生まれてくる過程をみていて気づいたのは、学校時代の掃除当番制度との類似性です。

日本で初等中等教育を受けた多くの人は、好きだったか嫌いだったかはあるでしょうが、いずれにせよ多かれ少なかれ、掃除当番の習性が身についています。したがって、大人になってのゴミ当番も、ごく自然に引き受けられるのだろうと思われます。

欧米では、自治体や業者が専用の人材を投入して行われることが多いゴミ収集の周辺作業を、日本では住民自身が行う慣習があることの起原は、どうやら学校時代に自分たちの教室は自分たちで掃除してきた課外教育にあったのではないでしょうか。

当然、ゴミ当番制には、問題もあります。より多くの戸数でゴミ集積をすれば、年間で当番を担当する回数は減るけれども、ご近所のオルグをして参加戸数を増やすと、助かります。
ただし、そこにフリーライダーや当番さぼりの家が紛れ込むリスクも高くなります。自分のゴミ・グループの参加者を他のゴミ・グループに引き抜かれると、当番回数が増えてしまいますから、辞めないよう必死に説得したりもします。

こうしたゴミ当番と掃除当番における習性をマトリックス化すると、以下のようになります。


         掃除当番まじめ
            |
        C   |   A
            |
            |
 ゴミ当番さぼり−−−−+−−−−ゴミ当番まじめ
            |
            |
        D   |   B
            |
         掃除当番さぼり


A類型の人は、まじめ一途で、分担作業をこなす分業力も、みなで共同作業をする協業力もあります。

B類型の人は、学校での掃除当番はまじめでなかったが、社会に出たら態度変化し、ゴミ当番をきちんとはたすようになったタイプです。

C類型の人は、学校時代はまじめにやっていたようだが、社会に出たらさぼりがちになったタイプです。

D類型の人は、学校でも社会でも、まじめさに欠け、フリーライダー型のようです。

ゴミ収集問題への政策対応は、地域におけるこれら類型ごとの分布を調べて、それぞれに適した対応策をとることが現実的だということになります。

皆さんの会社の共用部分の掃除や片付けは、どんなルールで対処されているでしょうか。それをみると、会社で働く人びとの特性や、組織文化を知ることができるかもしれませんね。


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